Voyage of Life

3人の子育てパパが日常と読書から学んだコト

正解のない問題に取り組める子供が未来をつくる〜「10歳から身につく問い、考え、表現する力」

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娘が5年生になりました。年齢としては10歳。もうすぐ11歳です。

やはり小学校高学年ともなると、勉強をどう進めていくのかについて考える機会が増えてきました。

中学受験ってどうなの、という話もするようになりました。

今回の記事では、この年頃の子供が勉強していくにあたって何を大切にすべきか?についてヒントを得られればと手にした斉藤淳氏の本「10歳から身につく 問い、考え、表現する力―僕がイェール大で学び、教えたいこと 」の中から、特に印象深かったところをまとめてみました。

 

 

1.一般教養が新しいことを産み出す糧となる

著者の斉藤氏が学んだイェール大学では、専門分野のほかに、歴史や古典などの一般教養(リベラルアーツ)を学ぶことに力をいれることで有名なのだそうです。

それはなぜか?

この本で紹介されているイェール大学レヴィン総長の次の言葉に答えがあります。

真に革新的な課題に取り組んでいるときには、それまでに答えのない課題に対して、批判的にそして真剣に取り組んだ経験が生きてくるものです。だからこそ、将来は物理学者になるかもしれない若者が、第一次大戦がなぜ勃発したのか議論することが大切なのです。未来の生物学者が、シェイクスピアを分析的に読んでいくことも同じ意味で必要なことです。

いわゆる教養が大切ということは聞いたことがありましたが、その理由を明確に教えてくれる言葉に初めて出会えました。

専門分野の最先端で柔軟に発想し、試行錯誤して成果を得るためには、文系も理系もなく広い分野において関心を持って学んだ経験が後々効いてくるということです。

こんなことを知りながら、高校の歴史の授業や大学の一般教養の授業を受けていればなあと、ややショックを受けました。

 

2.これからは「ゼロから考える思考力」が必要

ロボット技術やグーグルなどの検索エンジンの進化により、物知りや単純作業だけでは人は生きていけない時代に入りつつあります。

では、これからの社会ではどのような力が必要なのでしょうか。

人間にしかできないことは何なのでしょう?

人間の仕事が、判断に特化していけばいくほど、「価値観の多様性とどう向き合うか」が重要になります。利害や価値観の対立を乗り越え、合意を形成していかなければならない場面では、自分や相手がどこまでなら譲れるのかを理解し、平和的に共存していくためのメカニズムを構築していかなければなりません。これはかなり創造力が必要な仕事であり、人間にしかできない仕事だといえます。 

 善悪などの価値判断を含む問題では、正解がたくさん存在することになります。

ここでも正解は何か?ではなく、なぜそのように考えるかを、相手を考えながら説明していく力が大切になります。

人間にしかできないことをやれるようになるという観点からも、「正解のないものについて、ゼロから自分の頭で問い、考え、言葉にしていくこと」が求められるのです。

3.正解のない問題に取り組む機会を子供たちに与えられているか?

人は10歳くらいになると、物事を客観的に捉えることができたり、世の中のことと自分のつながりが見えてきたりするので、このような「問い、考える力」を養うのに良い年齢になってくるのだそうです。

その頃の子供に、ボクたちはどういう学ぶ機会を与えられているでしょうか。

学校の授業や公文式学習、そろばん、学習塾、受験勉強。

これらは、いずれにしても、たくさんの知識を頭に詰め込んで、正解のある問題に対していち早く正解を答えるという類ものです。

その最たるものである受験勉強。

その過程で、子供たちが失う可能性があるものとして、筆者は以下を挙げています。

  • 広い情報に接する機会
  • 正解の出ない問題をじっくり考えたりする余裕
  • 学問への思い(自由に問いかけて学ぼうという意欲)

これらに時間を取られ過ぎてしまうと、すぐには役に立たないような情報や知識に触れて、試行錯誤をしながら考えてみたり、ふとした疑問にじっくりと向き合ったりといった営みの時間を十分に持てないというデメリットのことは覚えておく必要がありそうです。

勉強なんてつまらない。という思い込みだけはしないように、見守らなければならないと思います。

ちなみに、疑問に思ったことを問う力や正解のない問題に対処する力を養う機会としては、スポーツや芸術などの習いごとがあるのかもしれません。しかし、時間としては少ない気がするので、学校の時間で大いに社会の問題を議論しあうとか、そういう時間を確保できないものかと思います。

4.受験勉強で得られることもある

 一方で、受験勉強で得られるものとして、筆者は次のことを挙げています。

  • 処理能力
  • 学習習慣
  • 計画する力
  • 目標を設定し頑張る力
  • 自信(受験に合格した場合)

子供の友達で塾に通っている子を見ていると、確かに、時間を考慮して今やれることを素早くやるという意識が高いことがはっきりとわかります。

これらのことを、小学生のうちから身につける必要はあるのか?という疑問もありますが、そういうメリットもあることは確かなのだと思います。

5.おわりに

これからの世の中で役に立つ人間になるには、正解のない問題に対して、試行錯誤しながら考えて、価値観の異なる他人と合意を形成したり、革新的な課題に柔軟な発想で取り組めることが大切なようです。

そのためには、物事に対して、ゼロから問い直して、考え、表現する力が必要になるのですが、今の日本の環境では、そのような力を養う機会を十分に与えるのは難しいのかもしれません。問う機会や価値もあまり認められていないのではないでしょうか。

正解のある問題をできるだけ素早く解くことが求められる勉強を通じて、確かに得られるものもあるけれど、失うものもあるようです。

受験などの偏った勉強によって変に頭が凝り固まったり、学問そのものが嫌いになったりしないようには注意が必要と感じました。自由に問う力は、中学に入ってからの時間を生かせれば十分に取り戻せるのでしょうから。

筆者の斉藤氏は、このような日本の教育を変えるために国会議員にもなったけれど、結局、実社会に直接働きかけることのできるところで戦った方が早いという判断をされたようで、塾を開いて、子供たちを指導されているそうです。 そのような生き様にも少し惹かれてしまいますね。

 ということで、以上、ボクの解釈も含まれていますので、興味を持たれた方は是非原著を読んでみてください。